【龍馬と質屋】

皆さん、坂本龍馬はご存じですよね?

大政奉還の立役者にして、貿易から政治まで大きな影響を与えた維新志士。
悲劇の暗殺で人生を閉幕するも、現在でも全世代から熱い人気を誇る歴史上のヒーロー。
日本人のほとんどがその名前を知り、また海外にもファンを持つ、あの坂本龍馬です。
実はその坂本龍馬の実家が、質屋さんを営んでいたってご存知でしたか?


龍馬の祖先は近江の国(現:滋賀県)の坂本城が落城した後、土佐へ逃れて長岡郡才谷村(現:高知県南国市才谷)に移り住みました。
そこで名字を持たない一般の百姓として農業を営んで生活していましたが、高知城下(高知市内)に移り住んで頭角を現した4代目が「才谷屋 (さいたにや) 」の屋号で質屋を開業。酒屋と呉服屋を兼業して豪商となり、5・6代目がますますお店を繁盛させていきました。
やがて龍馬の祖父、八平直海が「坂本」姓の初代として「坂本直海」を名乗って分家し、質屋の家督は次男の八次直清に引き継ぎます。
その坂本直海の曾孫にあたるのが、坂本龍馬。
つまり龍馬の実家は、質屋さんだったのです。


豪商として有名になった才谷屋は裕福で、龍馬はよく本を読んでいたそうです。
その頃の本は、そんなに安いものではありません。当時の塾で教わるだけでは知ることができない、同世代の子供が得ることのない知識を、龍馬は早くから吸収していたのでしょう。
もしかしたらお店に入っては出ていくさまざまな質草と、それを持ってくる多種多様な人々を観察していたのかもしれません。
やがて脱藩して罪人となり、その実家に帰ることはなかった龍馬ですが、その行動の基盤には幼少の質屋生活が反映されていた可能性もあります。
そんなことを考えると、質屋さんにもロマンを感じませんか?
坂本龍馬さえ籍を置いた、人生の交差点。それが「質屋」なのだと――。

なお、才谷屋は主な顧客だった士族が明治維新後に没落していったため、貸し倒れが続いて廃業してしまったそうです。
現在では近隣に一族の子孫が商売などをしており、才谷屋跡地では、やはり子孫にあたる方が喫茶店を営業していました(現在は閉店)。

その喫茶店の名前は――ズバリ「さいたにや」。
そして名物は「龍馬コーヒー」だったとか!